セーラ妃ことセーラ・ファーガソンの生涯②離婚~現在 借金、暴露本、復縁説…トラブル事件が続くファーギー、アンドルー王子や娘達家族、ダイアナ妃、イギリス王室との関係は良好?


今日はこちらのブログでダイアナ妃の生涯の番外編として、チャールズ皇太子の弟アンドルー王子の妃、かつてはダイアナ妃の義理の妹にあたる人だったセーラ妃ことセーラ・ファーガソンの人生②をお届けいたします。

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セーラ妃の人生① セーラ・ファーガソンの幼少期からアンドルー王子との結婚、ダイアナ妃との関係は?パワフルなファーギーのイギリスロイヤルプリンセスへの道

ダイアナ妃の生涯①幼少期と少女時代、学生生活 子供の頃から美少女!名門貴族スペンサー家の三女 離婚した両親や優秀な姉弟の狭間で揺れ、活発で心優しい性格がわかる少女時代のエピソード

1992年、半裸で愛人につま先をしゃぶらせる不倫現場がパパラッチされ、夫アンドルー王子との別居生活に突入したセーラ妃。

同じ頃、父親のロナルド・ファーガソンが風俗店に出入りしている事も発覚し、チャールズ皇太子のポロの監督の職をクビになります。

そして、セーラ妃はヤケを起したのか、ガツガツ食べまくって激太り状態に。

マスコミから「ポーク公爵夫人」と嘲笑される様になってしまいます。

まさに踏んだり蹴ったりといった状況ですが、若いころに様々な幸運に恵まれてきたセーラ妃。

ですが、この頃、彼女の人生はもうピークを終えて現在に至るという残念な状況となってしまいます。

この流れで、ロイヤル・ファミリーはますますセーラ妃に冷淡になっていき、セーラがイギリス王室から追放される日が刻一刻と近づいていました。

◆セーラ妃とアンドルー王子 離婚と多額の借金

「あなたは想像を絶するほど王室の顔に泥を塗ってくれました」

エリザベス女王の妹、マーガレット王女のこの言葉と共に、1996年5月、セーラはアンドルー王子と正式に離婚し、とうとう英国王室を去ることになりました。

ですが、このかく言うマーガレット王女も、実は多くの男性と浮名を流すゴシップ誌の常連だっただけに、セーラ妃はさぞかしハラワタが煮え繰り返る思いだった事でしょう。

そしてセーラにはこの離婚当時、最高で400万ポンド(約5億5千万円!)を超えるほどの負債がありました。

まがりなりにもイギリス王室のプリンセスという立場であった人間が、一体なぜ?これほど多額の借金を抱え込んでいたのかと言いますと、生来の浪費癖に加え、セーラ妃がとても気前のいい人だったからだといいます。

イギリス王室の子供達には、お金に糸目をつけずに豪華なクリスマスプレゼントを贈り、また、結婚当初からチャリティー活動にも熱心だったセーラは、支援する団体に自腹を切って多額の寄付をしていました。

そんな大借金を抱えるセーラに、離婚時に英国王室が与えた慰謝料は、1万5000ポンド(約200万円)の年金のみ。

これは、元ロイヤルプリンセスに対していくらなんでも少なすぎなのでは・・・(冷や汗)。

ですが、離婚の原因がセーラの浮気だったため、王室としては彼女に多額の慰謝料を払う気など、さらさらなかったということなのです。

そして、セーラ妃にとってそんなお金はしょせんは焼け石に水。

離婚後のセーラ妃は、経済的に困窮して行きのでした。

◆渡米とセーラ妃の自伝「My Story」の出版

離婚後のセーラは、一路アメリカへと渡ります。

離婚前にアメリカで豪遊して借金がかさみ、離婚のきっかけとなった愛人もアメリカ人。

「借金と離婚」という、セーラにとっては転落人生の原因となったような国アメリカですが、自由で派手なお国柄がセーラの性分に合っていたのでしょうか。

また、王室を持たないアメリカでは、離婚後も「ヨーク公爵夫人」の称号を持つセーラは喜ばれ歓迎されたのかも知れません。

渡米後のセーラは、まず、お金を稼ぐためになりふり構わず奔走します。

激太り時代のダイエット経験を生かし、欧米のセレブに人気のダイエット・センター「ウェイト・ウオッチャーズ」の広告塔として契約を交わします。

講演やテレビ出演も積極的に行い、さらに、自伝の書籍「My Story」を出版しました。

イギリス王室時代の生活の暴露本的要素の強い内容だと予測されるこの「My Story」は、とりあえず、この時のセーラが荒稼ぎするには最も手っ取り早い手段だったと言えますよね。

しかし、その見返りとして、セーラはダイアナ妃との長年の友情を失う事になるのです。

◆親友~義姉妹として愛憎渦巻いたダイアナ妃とセーラ妃の関係

セーラの自伝の中の、

「ダイアナとは靴のサイズが同じだったので、靴をくれて助けてくれたけど、嬉しくない事にイボももらったの」

というくだりに、ダイアナ妃は「私はイボなんかないし、靴のサイズも違う」と怒り心頭に発します。

当たり前ですよね・・・。

また、ダイアナ妃は、テレビでダイアナ妃の事を喋りたがるセーラにも我慢がならず「本を宣伝するのはいいけど、私の事を話すのはやめて」とセーラに頼みました。

しかし、そんな事はお構いなしに喋り続けるセーラ。

ダイアナ妃はとうとう「二度と口を聞かない」と絶交宣言をし、それ以降、セーラとの連絡を一切経つことになりました。

ダイアナ妃とセーラは、結婚前から友人であり、結婚後も王室での立場が似ていた事から、長きにわたって良き友人であり相談相手でした。

それと同時に、ダイアナ妃は明るい性格で活発、人気者のセーラと比べられる事に密かに劣等感を感じ、またセーラは、皇太子妃でいつも注目の的のダイアナ妃の影で、自分がいつも脇役に回らなければならない事に嫉妬を覚えていました。

女性同士ですもの、いくら仲がいいと言っても、こんな感情を抱くものですよね。

実際にセーラ妃は一時は、あの気難しいエリザベス女王にダイアナ妃よりも気に入られていたのです。

19歳の若さで結婚したダイアナ妃は社会経験が乏しさもあり、結婚後多くのトラブルで悩まされましたが、結婚前に社会人経験のあったセーラ妃は、結果彼女の素行不良で離婚に至ってしまいましたが、王室での振る舞いやおつきあいは上手にこなしていました。

何度も何度も喧嘩をしながらも、その都度、仲直りして来たまるで姉妹のようなダイアナ妃とセーラ。

しかし、今回ばかりは二人の溝は永遠に埋まる事はありませんでした。

なぜなら、それから約6ヶ月後に、ダイアナ妃があの悲劇の事故で亡くなってしまったからです。

そしてセーラは、ダイアナ妃と仲直り出来なかった事をとても悲しみました。

◆お金のために元ダンナであるアンドルー王子を売る

離婚後、借金返済に向けて精力的に働いて来たセーラですが、なにしろ巨額の借金ですのでそう簡単にはなくなりません。

ウェイト・ウオッチャーズとの契約も切れて切羽詰まったのか、セーラはまたまたとんでもないスキャンダル事件を引き起こします。

2010年5月、セーラがとあるビジネスマンに、元夫のアンドルー王子を紹介すると言って、その紹介料として50万ポンド(約7000万円)を要求している映像が公開されたのです。

セーラはさらに現金4万ドル(約360万円)の前金も要求していました。

実は、そのビジネスマンはタブロイド紙による囮で、映像は隠し撮りされたものでした。

セーラはまんまとマスコミの罠にはめられたという訳ですが、これではさすがに言い逃れはできませんよね。

この詐欺まがいの一件は案の定、すぐに全部ばれてしまい、これが原因で、セーラは2011年に行われたウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式に招待されることはありませんでした。

娘二人が招待され、自分が招かれなかったという事にショックを受けたセーラ。

しかし、後の2018年のハリー王子とメーガン妃の結婚式には無事に招待されます。

この時セーラはエリザベス女王にとても感謝していたそうです。

1986年27歳で結婚、1996年37歳で離婚、

2010年の詐欺まがいのスキャンダルでウィリアム王子の結婚式に参加できなかったときは51歳、

そして、2018年のこのヘンリー王子の結婚時は58歳。

王室とはなんとか和解できたようで本当に良かったですね。

◆まだまだ続くトラブル ユージェニー王女の結婚式騒動

2018年10月、セーラとアンドルー王子の次女、ユージェニー王女と実業家のジャック・ブルックスバンク氏の結婚式が、ウィンザー城のセント・ジョージ礼拝堂で執り行われました。

ロイヤル・ファミリーを始め、カーラ・デルヴィーニュやリヴ・タイラーなどのスーパーセレブが集結したこの華やかな結婚式。

実は、その裏側では、様々な騒動が起こっていました。

王位継承権10位のユージェニー王女は公務を行っていないため、その結婚式の費用を税金でまかなうという事に反対の声が起きたのです。

また、これまでのロイヤル・ウェディングはBBCが生中継する事が恒例でしたが、ヨーク家の人気が低く、さらに挙式が平日に行われるため、視聴率が取れないと判断したBBCは中継を断ります。

しかし、これには父アンドルーが黙っていませんでした。

公共放送のBBCがダメなら民放の ITVだと、ITVに掛け合い、見事に娘の結婚式の生中継を実現させます。

花嫁の父としては、娘のロイヤルウェディングに生中継なしなどという悲しい思いはさせたくなかったのですね。

そんな騒動はさておき、娘ユージェニー王女の花嫁の母として堂々の登場を果たしたセーラ。

鮮やかなエメラルドグリーンのドレスとド派手な帽子に身を包んだセーラの笑顔は、1986年、自身の結婚式以来のドヤ顏だったのではないでしょうか。

◆アンドルー王子との復縁説が浮上

セーラとアンドルー王子は、1996年の離婚以後も、実は良好な関係を続けて来ました。

また、二人の娘とも仲が良く、借金で経済的に苦しむセーラを家族はサポートしていたそうです。

そんなセーラとアンドルーに、2019年、復縁説が急浮上。

そのきっかけは、二人が揃ってバーレーン王国を訪問していたと言う報道でした。

離婚後、二人にとって初めての海外旅行だったこのバーレーン訪問には、長女のベアトリスとボーイフレンドも同行しています。

また、二人が同じロイヤル・ロッジで暮らしている事や、エリザベス女王からバルモラル城へ招待された事など、様々な憶測から復縁説に期待が高まっている様子。

やはり別れても娘たちを立派に育て上げたという事が、二人の心の絆になっているのでしょうね。

ダイアナ妃をはじめ、離婚したロイヤルカップルは多いですが、復縁となると、とても珍しいはず。

おそらくまだ借金は返しきれていないセーラですので、ここはアンドルー王子と復縁した方がいいのかも知れませんよね?

◆チャリティー活動などファーギーの意外な一面

何かと破天荒、トラブルの多い女性セーラですが、彼女は実は結婚当初からチャリティー活動に積極的でした。

癌治療や児童問題などを支援し、それは離婚後も変わらず続きました。

その中で、セーラと同じニックネームを持つアメリカの人気歌手ファーギーがアルバム「The Dutchess」を出した際、「私と同じ名前を使ったんだから、私の支援団体で歌ってもらわなくちゃ」と「Children in Crisis」のチャリティー・コンサートにちゃっかり出演させたりと、やはりなかなか抜け目ないセーラなのでした。

さらに、セーラには児童書作家という意外な一面もありました。

離婚前の作品「Budge the Little Helicopter」は各国語に翻訳されてアニメ化もされるほどの人気を集め、創作絵本「リトルレッドのクリスマス」はこの日本でも出版されています。

目立ちたがり屋のセーラですが、これらのチャリティー活動を公に宣伝する事はなく、そのため世間から評価もされることはありませんでした。

ダイアナ妃は生前、セーラのこのような姿勢を尊敬し、こう擁護していました。

「みんな彼女の事を誤解しているの」。

◆まとめ 何だかんだで憎めない女ファーギーことセーラ妃

来年2020年、目出たく60歳の還暦を迎えるファーギー。

彼女は生まれてこの方、王室に嫁いだ時でさえも自分の本能の赴くままに生きて来た女性です。

イギリス王子であるアンドリュー王子に見初められ、結婚までできたということは、彼女に並大抵ではない魅力があったということだったと思います。

ですが、セーラには、手に入れた幸運を「維持する」力がなかったんだと言わざるをえません。

彼女のこれまでの人生をこうして追って振り返ってみますと、20代の時が人生のピークになってしまい、その後は、なかなかもう這い上がってこれない状況に陥っています。

そしてそのことは、彼女がどうしようもない運命の流れに翻弄されてしまったということではなく、全てが彼女自身の行いの問題でしたので、離婚やトラブル・・・様々な問題を回避することは十分にできたはずなのですが、今となってはもう後の祭りです。

王子に見初められ結婚しプリンセスになったにも関わらず、こんな風に落ちて行ってしまったセーラを見ていると、彼女ほどの大きな幸運を得られないとしても、今、自分の手元にある幸せをしっかりと守って生きていこうと、私たちも彼女の人生から色々と勉強になりますよね。

ですが、数々の無茶苦茶な事件を起こしながらも、離婚しても、なお彼女は家族から愛されているのは事実です。

そして、何だかんだで英国王室と関わっていられるのは一体何故なのでしょうか?

それは、彼女が基本的には温か味のある性質の女性であり、そんなセーラのことをよく知っている元夫アンドルーは、一時は自分を売ろうとした事なども水に流して受け容れられるからということなのでしょう。

これから60歳の還暦を迎え、ぜひとも幸せな老後を送って欲しいファーギーですが、彼女の辞書に「平穏」という2文字は、もしかしたらないのかも知れません・・・。

今後もアラ還ファーギーことセーラの動向から目が離せませんね。

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