ダイアナ妃の人生⑦王室ハネムーン(新婚旅行)と新婚生活 夢から覚めたダイアナ妃とチャールズ皇太子 正反対の性格の二人に早くも訪れた危機


今回のこちらのブログでお届けいたしますダイアナ妃の生涯⑦は、結婚式を終え、晴れてダイアナ妃となったダイアナのハネムーン(新婚旅行)と新婚生活についてご紹介していきたいと思います。

◆こちらのブログ記事でダイアナ妃の生涯(人生)幼少期から追ってご紹介しておりますのでよろしければ合わせてどうぞ♪

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ダイアナ妃の生涯①幼少期と少女時代、学生生活 子供の頃から美少女!名門貴族スペンサー家の三女 離婚した両親や優秀な姉弟の狭間で揺れ、活発で心優しい性格がわかる少女時代のエピソード

ダイアナ妃の生涯②少女からレディへ 義母との関係は?独身時代は幼稚園教諭のアルバイトをしながらロンドンで憧れの一人暮らしで青春を謳歌したダイアナ結婚前の暮らし

ダイアナ妃の生涯③チャールズ皇太子との出会い 姉セーラの恋人だった彼と初恋に落ち、花嫁候補となったのは運命のいたずらが重なって成就したものだった

ダイアナ妃の人生④チャールズ皇太子との交際からプロポーズ、婚約までの道のりと有名なサファイアの婚約指輪☆ニックネーム「シャイ・ダイ」の誕生とマスコミとの戦い

ダイアナ妃の人生⑤婚約発表から結婚前夜まで センセーショナルな黒のドレスと婚約指輪 ダイアナとチャールズが最高に幸せだった6ヶ月

ダイアナ妃の生涯⑥結婚式 世紀のロイヤルウエディング ドレス、ティアラ、ヘアメイク…全てがお伽話のプリンセス!7億5千万人が祝福したイギリス王室史上最高の花嫁

1981年7月29日、イギリス、セント・ポール大聖堂での結婚式を無事に終え、晴れて夫婦となったたダイアナ妃とチャールズ皇太子。

二人は結婚式後、すぐにハネムーン(新婚旅行)へと旅立ちました。

ハンプシャーにある故マウントバッテン卿の美しい屋敷ブロードランズで新婚初夜を迎え、まさに幸せの絶頂にいたダイアナ。

しかし、この後、ダイアナ妃は祖母であるファーモイ男爵夫人の忠告を、否が応にも思い出す事になるのです。

「ダーリン、あの方たちはユーモアのセンスも、生活様式も、わたしたちとはまったく違うのです。その点を良く理解しなければ。とてもあなたに似合うとは思えません」

結婚とはゴールではなくスタートです。

ダイアナ妃の新婚生活に一体どんな日々がまちうけていたのでしょうか、追って見ていきましょう。

◆ついに訪づれる「夢の終わり」地中海での甘いハネムーン

エリザベス女王とフィリップ殿下も新婚旅行で訪れた、ブロードランズで静かな3日間を過ごした二人は、その後、ジブラルタルに停泊していたロイヤルヨット、ブリタニア号に乗り込み地中海クルーズへと旅立ちます。

こちらはダイアナ妃が新婚旅行に出発する時に撮られた一枚。

こちらのピンクのドレス・スーツ。やや野暮ったい感じもありますが、結婚直後の新婚旅行に出かける新婦としてはピッタリですし、とっても可愛らしくお似合いですよね。

「あれほど幸せそうな妃殿下には二度とお目にかからなかったように思う」と、チャールズの側近スティーヴン・バリーが振り返るように、このハネムーンの旅は、ダイアナ妃にとって至福の時でした。

1981年7月、ハネムーンクルーズを楽しむダイアナ妃。ドナルド・キャンベルデザインの白地に花柄のドレス、パールのチョーカーを合わせ、お上品な新妻の美しさです♡

英国海軍による軍事作戦並みの極秘計画のお陰で、二人は、ジェット機まで繰り出して追って来るマスコミに見つかる事なく、アルジェリア、チュニジア、シシリー島からギリシャの島々、そしてスエズ運河を抜けて紅海へと船を進ませます。

こちら、新婚旅行で地中海クルーズを楽しむチャールズ皇太子とダイアナ妃の写真です。

くつろいだご様子で、世界で最も美しい場所をめぐる船の旅を満喫されていらっしゃるようすね♡

二人は白いロイヤルデッキで水入らずで過ごし、人気のない砂浜でチャールズは日光浴、ダイアナは海水浴を楽しみました。

船上では船員たちとバーベキューとビールで盛り上がり、予定がない時、二人は結婚式まで張り詰めていた糸が切れたように、シックな寝室でぐっすりと眠り続けたと言います。

この旅行中に書かれたダイアナの書簡でも「ハネムーンは寝不足を取り戻すのに最適でした」と書かれています。

そして、船員たちが開いてくれた賑やかなお別れコンサートを最後に、この14日間の二人の素晴らしいハネムーンは幕を閉じます。

帰ってからもこんな毎日が、ずっと続くと信じていたダイアナ妃。

しかし、ついにダイアナ妃が夢から覚める時が、すぐそこまで近づいてきていました・・・。

◆夢から覚め現実との直面 バルモラル城での衝撃の新婚生活

小麦色に日焼けして新婚旅行からイギリスへと戻ったダイアナ妃とチャールズは、一路、女王と合流するためスコットランドのバルモラル城へと向かいます。

婚約期間中、バッキンガム宮殿で自由に暮らしていたダイアナ妃は、結婚後もてっきり同じような生活が出来るのかと思い込んでいました。

しかし、それは大きな間違いだったのです。

こちらの写真は、バルモラル城で撮られたものになります。

「いかなる場合にも女王陛下をお待たせしないこと」をモットーとするバルモラル城では、全てが厳格な規律のもとに動いていました。

バルモラルでの新婚生活がスタートした初日、ロイヤルファミリーとの初めての公式晩餐会で、ダイアナはそのことを初体験します。

まず、夜7時半きっかりにスタートする食前酒のために、7時25分には完璧に身支度を整えなければなりません。

その後、チャールズにエスコートされ、各界の見知らぬ名士達と30分間、立ちっぱなしで歓談します。

ディナーは8時に始まりますが、女王が席に着くまではもちろん立ったまま。

そして、共通の話題が何一つない名士達に囲まれたディナーは、女王が満足するまで延々と何時間もの間続くのです。

これまで、友人達と気軽に話しながら、手短かに食事を済ませる事に慣れていたダイアナ妃にとって、何百年も前から時が止まっているようなこの晩餐会は大変衝撃的なものでした。

こんな堅苦しい事がこれから毎日続くのだろうか・・・と思い、気が遠くなるダイアナ妃。

しかし、ふと夫チャールズを見ると、ごく当たり前のように王族にしか通じない意味不明な会話を楽しんでいるのです。

そこには、地中海で太陽の光を浴びて笑っていたチャールズの姿はありませんでした。

◆徐々に蝕まれて行くダイアナ妃の心

1981年9月、バルモラル城での滞在が長引くに連れ、降り続くスコットランドの霧雨が、ダイアナ妃の心をどんどん曇らせて行きました。

たしかに、どんよりとした天候・・・。

ここでの王族の生活には一向に慣れることができす、ダイアナ妃は徐々に自分が場違いな存在のように感じ、自信を失っていきます。

あの夢のような地中海で新婚旅行がまるで全部嘘だったかのように、夫チャールズとの二人きりの時間はなくなり、その上、チャールズが常に妻である自分よりも母の女王を優先する事にも納得が出来ませんでした。

ダイアナ妃がロンドンに帰りたいと願い出ても、女王の機嫌を損ねる事を恐れたチャールズは全く聞き入れようとはしません。

そんなバルモラル城での暮らしの中、心が通じ合う友が欲しいと思ったったダイアナ妃は、使用人達と友達になろうと、ある日、ひょっこりと調理場に顔を出します。

そして、若いメイドたちと気軽に雑談を交わすようになりました。

しかし、ここはあくまでも王族の調理場。

ダイアナ妃の実家の調理場とは訳が違うのです。

使用人達の中にも厳しい上下関係があり、古株の使用人は、ダイアナ妃が使用人に友人のように接する事で、使用人が自分の立場を忘れて規律が乱れる事を懸念します。

そして、いつものように調理場にやってきたダイアナ妃の前に古参の陶磁器係が立ちはだかり、毅然とした口調で言いました。

「妃殿下、ドアのそちら側が妃殿下の領域。こちら側が手前どもの領域でございます。」

ダイアナ妃は何も言えず、ただ立ち去る事しか出来ませんでした。

唯一の逃げ道を閉ざされてしまったダイアナ妃は、行き場のない感情を、夫であるチャールズに向けて爆発させるようになって行きます。

◆似て非なる夫婦 ダイアナとチャールズ

「バルモラルなんて、まるで墓場よ」

「世界で最も素晴らしい所だ。私の心の故郷なんだ」

これは、ダイア妃ナとチャールズのバルモラル城に対するそれぞれの感想です。

まったく正反対ですよね。

時の流れが止まったようなイギリス王室で、王位継承者としての教育をずっと受けて育ったチャールズは根っからのカントリー派。

対してダイアナ妃は、田舎を嫌い、大都会ロンドンで最先端の生活を送っていたシティ派でした。

静寂を好むチャールズは静かなバルモラルを愛し、ダイアナ妃は古臭いしきたりにかんじがらめにされた窮屈で退屈なバルモラルよりラグジュアリー・ホテルを好みました。

また、チャールズの愛読書は哲学書で、ダイアナ妃はもっぱらファッション雑誌。

クラシック音楽一筋のチャールズと違い、ダイアナ妃はウォークマンでポップミュージックを楽しみます。

チャールズが精を出す園芸を見てはダイアナ妃はウェスト・ヒース校での草むしりを思い出し、王室伝統のスポーツ狩猟を愛するチャールズとは逆に、動物好きのダイアナ妃にとって鳥や狐を殺す狩りは許せない行為でした。

そして、王族の一員として常に感情の抑制を習慣づけられて育ってきたチャールズに対し、ダイアナ妃は感情を率直に表します。

また、二人の愛情への考え方も全く違っていました。

チャールズは夫として以前に英国の皇太子として女王と公務を優先し、ダイアナ妃は夫なら常に妻を第一に考えるべきだと考えていました。

この二人の価値観の大きな違いは、13歳の年の差という二人のジェネレーション・ギャップもありとも言えますが、実際に実年齢以上に二人の考え方はかけ離れていたと言えるでしょう。

しかし、二人には似ている所もありました。

それは、お互い何でも自分の思い通りにコントロールしないと気が済まない、完璧主義の頑固者だったという点です。

結婚後、すれ違いの多い二人でしたが、基本、性格の根本的には、似た者同士だったんですね。

◆徐々に離れて行く二人の心

「あなたが外で楽しんでいる間、私は退屈のあまり死ねっていうの?それでよく夫だと言えるわね。一応、夫のつもりなの?」

ダイアナを置いて狩りや釣りに出かけるチャールズに、ダイアナ妃はついに怒りを爆発させるようになっていきます。

一方、夫が出かけている間、妻はレース編みをしたり、友人とおしゃべりをして待っているのが当たり前という価値観を持つチャールズには、ダイアナ妃の気持ちが全く理解出来ませんでした。

バルモラル滞在中、ダイアナ妃はチャールズに当たり散らしたと思えば、突然泣き出したりと、徐々に情緒不安定のきざしが現れ始めます。

また、過食症の傾向も強まって行きました。

二人の仲が良かったのもこの時が最後だったのでしょうか・・・

このダイアナ妃の結婚後の変貌に驚き戸惑ったチャールズは、ダイアナと仲のいいラムジー卿夫妻や、ルームメイトだったキャロリン・バーソロミューを迎えて、なんとかダイアナの心を癒そうと試みますが、一向に効果は得られませんでした。

その反面、チャールズはダイアナ妃のロンドンへ帰りたいという願いは頑なに拒否。

そのうちダイアナ妃は誰彼構わず捕まえては自分の心の内を訴えるようになりました。

この問題について真剣に解決を迫られたチャールズは、口の固い信頼出来る人物を厳選して、ダイアナ妃の情緒不安定について相談します。

そしてこの時、チャールズとダイアナ妃には、すでに同じ言葉が脳裏をよぎっていたと言います。

「この結婚は失敗だった」と。

ですが、この混乱の最中、ダイアナは第一子を懐妊することになるのです。

そして、ようやく、この悪夢のようなバルモラル滞在も終わりを迎えようとしていました。

◆まとめ ダイアナ妃の結婚後の混乱

「ユア・ロイヤル・ハイネス」と、今や誰からも膝を曲げてお辞儀をされる事になったダイアナ妃は、ついこの間までフリーターをしていた、ごく普通の結婚を夢見る一人の女の子でした。

この短期間でのあまりにも極端な環境の変化が、まだ20歳だったダイアナ妃の心と体に大きな混乱をもたらしたのは当然といえば当然のことだったのかもしれません。

さらに、思い描いていた理想とはかけ離れていた王室での現実の生活や、新婚旅行中にすら見え隠れしていたあのカミラ夫人(カミラ・パーカーボウルズ)の影がダイアナ妃の心を脅かし、まだ少女だったダイアナ妃の情緒不安定に拍車がかかっていきます。

しかし、このダイアナ妃の危機とは裏腹に、世の中の「ダイアナ・フィーバー」は、ますます加熱して行くのでした。

ダイアナ妃の生涯(人生)⑧へ続きます。

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ダイアナ妃の生涯⑧妊娠・マタニティファッションと王子の誕生 過食症・つわり・マスコミに悩まされ王室の「問題児」となった苦悩と反逆の日々

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公開日:2019年5月15日