ディアーヌドポワティエ 19才年下の王を虜にし、美と愛に生きた美しき愛妾。シュノンソー城を舞台にした正妻カトリーヌドメディシスとの因縁の物語。

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今日ブログでご紹介したいのは今から500年前のフランスの美女です。

彼女の名前は『ディアーヌドポワティエ』

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19歳も年下のフランス国王アンリ2世を虜にし続け、王妃を差し置いてその愛を独占。

知性に優れ、単なる愛妾という地位にとどまらず、アンリの治世を助け、

ありとあらゆる名誉はディアーヌにささげられたという、

フランス史上に残る永遠の美女・美女中の美女

早速お顔をチェックしてみましょう

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確かに大変な雰囲気のある大人の美女です

500年も前の肖像画なのに、彼女の美貌が極めて優れていることがよ~くわかりますね

早速美女、ディアーヌ・ド・ボアティエの人生を追っていきましょう

ディアーヌは1499年、フランス南東部ドーフィネの名門貴族サン・ヴァリエ伯ジャン・ド・ポワティエの長女として生まれました。

当時の貴族の娘は、高貴で教養のある女性の下でマナーやしきたりを学ぶのが習慣、

ディアーヌはシャルル8世の姉であるアンヌ・ド・ボージュの元でレディとなるべく教育を受けてそうです

15歳の時に40歳近く年上の大貴族ブレゼ伯爵と結婚。

ノルマンディー総督夫人となり、宮廷でも一目置かれる存在となります。

ディアーヌは常に貞淑で賢い妻であり、夫婦仲は睦まじかったようです。

約17年間の結婚生活を送り、その間に2女を出産しています。

ブレゼ伯爵が1531年に死去

ディアーヌはその後、喪服に身を包んで暮らしていました。
伝統的な喪服の黒に白を取り入れたディアーヌの装いは、ディアーヌの気品のある美しさを一層際立たせ、宮廷で流行となるほどだったそうです。

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まるで妻の美徳を絵にしたよう・・・

30代の初めに未亡人となったディアーヌ。

放縦な雰囲気の漂うフランソワ一世の宮廷にあって、40歳近くまで浮いた話ひとつない身持ちの正しい生活を送っていたのだそうです

そんな彼女にいよいよ運命の時が訪れます。

国王アンリ2世の寵愛を独占するようになるのです

ディアーヌは自らはそれほど政治的野心があったわけではないと伝えられていますが、

結果的にアンリ二世とともにフランスの実質上の支配者になっていくのです。

でも、なんで

アンリ2世より19歳も年上のディアーヌ。

なぜ彼女がその愛を彼の生涯にわたり独占し続けられたの?って普通に思いますよね

その秘密を探っていきましょう

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秘密その①

◆英才教育

ディアーヌが15歳で最初に結婚したブレゼ伯爵は40歳近くの年上でした

その元夫がとても立派な貴族で、幼いディアーヌが一流のレディとなるべくいろいろ教育してくれたようなのです

そして、地位のある立派な夫の周囲には、やはり立派な人達が多くいました。

ディアーヌは彼らと接するうちに「偉い人を‘’ふつう‘’に扱う」という、素人にはなかなか真似できないテクニックを身につけていったものと思われます。
実際、ディアーヌはアンリ2世の愛人となった後、影の実力者として彼に政治的なことから、プライベートなアドバイスなどもしていたといいます。

秘密その②

◆青田買い

アンリ2世は、フランスの中央集権化を進めたフランソワ1世の次男として生まれましたが、その生い立ちは決して恵まれたものではありませんでした。

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アンリ2世

母である王妃クロードはアンリがまだ幼い頃に死去。

ディアーヌはもともと母クロードの女官であった時代もあり、

王妃が亡くなってからは母親のようにディアーヌを慕うようになっていました。

その後アンリは、7歳で兄のフランソワと共に、スペインで4年間も人質として監禁生活を余儀なくされたのです。

まだ7歳という多感な少年時代、暗い部屋で制約の多い窮屈な監禁生活。

祖国フランスを懐かしむと共に、優しかったディアーヌの面影が脳裏から離れなくなっていきました・・・。
その後アンリは無事釈放されてフランスに戻りましたが、父王は明るく快活な兄の王太子フランソワを可愛がり、そのフランソワが急逝すると弟のシャルルへと愛情が移ります。

アンリは常に孤独で、自分を理解し庇護してくれる人を心から必要としていたのです。

そんな生い立ちもあって、美しく、母のように優しい愛情で包んでくれるディアーヌに誰よりも安らぎを感じ、恋をしたというのは当然のことかも知れないですよね。



つまり、ディアーヌは幼いアンリ少年の前に初めて現れた

「お母さんみたいに優しく、しかも美しくセクシーな家庭教師の先生」みたいなもの

これはある意味、女性として最強じゃないですか?

メーテルみたいな大人の美女に憧れる男性ってものすごく多いですものね

「最も情熱的な恋とは、男性の場合はつねに最初の恋であり、女性の場合は、つねに最後の恋である」
というバルザックの言葉は、ディアーヌ・ド・ポワティエとアンリ二世の華麗な恋物語にあてはまるのではないでしょうか

アンリ二世はディアーヌの愛を得るために、絶えず高価な贈り物をしました
金銀や宝石はもちろん、ヴァランティノア公爵夫人の地位、

代々フランス王家のもので臣下に譲ることのできなかったロワールのシュノンソー城までを贈りました
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ディアーヌを女神ディアナに見立てて描かれた絵画「狩猟の神ディアナ」は有名な絵画として後世名を残しています。

女神になぞらえて肖像画を描かれた女性って、王族でもなかなかいないレベルですものね。

国王だけでなく彼女を礼賛する美の巨匠たちが、いかに彼女をあがめ敬っていたかが偲ばれる絵でもあります。

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愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエ フランソワ・クルーエ

ディアーヌの肖像画はとても多く、裸体のものが多いのも一つの特徴

セレブになるほど露出が多くなるといいますが、

手間暇とお金をかけた肉体美を発表したいというのは当然のことかもしれないですね

秘密その③

◆徹底的な女磨き

ディアーヌは年をとっても見た目が変わらず美しいままだったそう。

彼女は66歳で亡くなるのですが、その顔には一本のしわも見あたらなかったそうです

そう、寿命が短く、アンチエイジングなどという言葉すらない時代にあって、

彼女は『年を取らない美女』だったのです

ディアーヌの美しさを物語る有名な史実をご紹介してみますね

◆ディアーヌの真のライバルは正妻カトリーヌではなくエタンプ公妃?

ディアーヌが未亡人になった頃、宮廷一の美女として注目を集めていたのが、フランソワ1世の公式寵姫である「エタンプ公妃」ことアンヌ・ド・ピスルーでした。

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「エタンプ公妃」ことアンヌ・ド・ピスルー。

青い目が魅惑的で鼻筋の通った美女だったそうです

才気煥発なエタンプ公妃は国王の寵愛を一心に集め、30人もいた自分の兄弟姉妹の出世を王にねだり、見事に成し遂げていたほど

そんな並ぶ者なき栄誉を手にしていたエタンプ公妃のライバルだったのが、ディアーヌ・ド・ポワティエでした。

でも、二人が競い合ったのは国王の愛ではなく「宮廷一の美女の座」

1531年、フランス宮廷内で男性による美女の人気投票で、

エタンプ公妃(当時20歳くらい)を差し置いて「美女の中の美女」の称号をみごとに勝ち取ったのはディアーヌの方でした

この時ディアーヌは30歳を過ぎた頃(当時の30歳は今の50歳くらいに相当するといわれています)
にも関わらず、見事美女No1になっているってものすごいことじゃないですか




ちなみに、ディアーヌとエタンプ公妃のライバル関係が終わりを迎えるのは、他ならぬフランソワ1世の死の時でした。

エタンプ夫人は宮廷から逃げ出し報復を恐れていましたが、新国王アンリ2世とディアーヌは必要以上の処罰は与えなかったそうです。

(ディアーヌはエタンプ夫人から14万エキュのダイヤをつけた王冠、領地と城を取り上げたそうですが)

権力を失ったエタンプ夫人は、法律上の夫から訴訟を起こされて財産を取り上げられ、

ブルターニュで18年のみじめな監禁生活を送ったといいます。

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その美しさで、光を一身に浴びていたディアーヌ

彼女の美しさはもちろん、身に着けているジュエリーなどの装飾品も本当に繊細で女性らしく、優美なものばかりです

美容整形もエステサロンも高機能化粧品も、何も存在しない時代。

歳の差19歳といえば、30歳の女性が11歳の少年を魅了するのはそれほど困難なことではないかもしれません。
でも、60歳になってなお40歳の男性を虜にし続けるというのは普通、考えられない気がします

ディアーヌの魅力は500年前から現在に至るまで、歴史上でも稀なレベルだったといえます。

今の時代でも、実年齢よりも若く見えて美しい人は注目されていますよね。
松田聖子さんや美魔女の水谷雅子さん、檀れいさんとか・・・(元タカラジェンヌの方々のアンチエイジングは次元が違うレベルだと思いますので、今度ブログでご紹介してみますね)

でも、今なら美容整形だの、骨格矯正だの、高機能化粧品だのと色々発達していますし、

歳をとらないことも理由づけできたりしますが。

でも、500年前にただ美しく生まれただけならいざしらず、その美貌が生涯全く衰えなかったというのは・・・?
そこには圧倒的な神秘性が宿ります。

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クルーエの絵画 浴室に座るデイアーヌ

でも

世の中の森羅万象には必ず理由があるといいますが、ディアーヌの美しさにもやっぱりそれなりの理由はあったのです

『誰よりも美しくありたい!』

不老の美女ディアーヌ・ド・ポワチエは美容にかなりストイックだったことでも有名です。


ディアーヌの健康&美容・アンチ・エイジング法をご紹介します

・上半身を起こして就寝
・朝6時からの冷水浴
・早朝の乗馬3時間
・ベッドでお昼まで読書
・野菜と果実の食事

・午後から社交場での軽めの食事
・午後6時からの夕食
・ミルクの入浴
・早い就寝

・黒いビロードのマスクで肌を紫外線から守る
・金の媚薬を飲用

このように彼女は、実に様々な美容法を実践していたという記録が残っています。

彼女の美貌の秘密は毎日の日課にあったのだと言えますね

若さを保つためには規則正しい生活が第一なのかもしれません。

また、高貴な女性としては珍しく戸外での運動を好んでいたことも注目です。

でもこれって・・・

文字で見るとあまりピンときませんが、これだけの日課を毎日毎日こなすって、

実はものすごい大変なことだと思いませんか


美容、特にアンチエイジングには手間暇(労力と時間)とお金がかかるものですから、

これだけの規律を自分に課すと、お金のことは彼女は心配がないとしても、

自分の自由な時間や楽しみなんかほとんどなかったのではないでしょうか

人一倍美意識の高かったディアーヌは、6歳の頃から美容に目覚め、
以後60年間これらの厳しい規律を守って生活していたといわれています。

藤原紀香さんの『趣味・女磨き』ばりの、

彼女は500年前に美に全てをささげ生きた女性なのでしょう。

人生の時間のほとんどを美容に費やしていたといってもいいのかもしれませんね。

(それに加え、もう一つの美とアンチエイジングの秘訣は、年下の若い男との恋愛も大きいと思います)

でも、やっぱり500年前に不老の美女だったというディアーヌに、神秘とロマンを感じますが

彼女の美容法は時を超えて現代の私たちも取り入れられるものも多いですね

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フォンテーヌブロー派の画家たちによってディアーヌをモデルとした多くの絵画が描かれています。

女性のふくよかさに美を求めるのは、イタリアルネサンスの影響を強く受けています。

秘密その④

◆ライバルの排除

ディアーヌは正妻であるカトリーヌドメディシスの夫を、20年にわたり奪い続けてきました。

カトリーヌドメディシスは歴史の教科書にも載っているサンバルテルミーの大虐殺を指示したフランス王妃(1日で10万人の国民を殺させたと言うから怖すぎる・・・)
アンリ2世の正妻こそ、このイタリアから嫁いできたカトリーヌ・ド・メディシスだったのです。

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カトリーヌドメディシス

アンリと結婚時カトリーヌはまだ15歳の少女であり、成熟した大人の女性であるディアーヌにはあらゆる面で叶わなかったといいます。

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「このディアーヌの支配的なまなざし、皮肉な尊大な口元。成熟した女になってこそ、ディアーヌは魅力を完成する女性だ」

桐生操さんの著作本では彼女の魅力についてそう触れています。

カトリーヌは決して美人じゃなかった上、女性としても暗く陰気でぱっとしなかったようです。

(黒魔術にはまったり、歴史に残る大虐殺をしちゃうくらいの人ですから想像つきます・・・)

しかも、カトリーヌは10年間も子供ができなかったため、

フランス宮廷内で孤立し夫のアンリに離縁されかかっていました。

ところが

このカトリーヌの窮地を救ったのは、他ならぬディアーヌ・ド・ポワティエだったのです

アンリは1日の3分の1をディアーヌの部屋で過ごしていましたが、

ディアーヌはアンリにカトリーヌの寝室をせっせと訪れるようアドバイスし、

同時に未成熟なカトリーヌにも様々なアドバイスをしました。

その甲斐あって、カトリーヌは25歳で初めて子供を授かり、1544年に後のフランソワ2世となる男児を無事出産。

その後13年間に10人の子供を次々に出産しました。

でもなんで

愛人であるディアーヌにしてみれば、本妻のカトリーヌは決して気分のいい存在ではないはず。

なのに、なんで自ら進んで夫婦仲を取りもつようなことをしたのでしょうか

その答えはズバリ、

カトリーヌに子供ができなかったら困るのは彼女自身であったから。

「若くてきれいな妻を新しく迎えてアンリの気持ちが移るよりは、暗く陰気でイケてない今の妻をあてがっておいた方が都合が良い」
ということです。

・・・なかなか衝撃的ですね

でも、過去の例を見ても、愛人の立場はもろく儚いもの。

しかも、19歳も年下の国王の愛妾になるということは、相当の度胸と策略家でなければ務まらりません。

これぐらいの人物でないと、フランス宮廷に長く君臨することはできなかったのでしょうね。




しかし、これでカトリーヌの宮廷での地位が向上したかといえば、そうではありませんでした。

アンリは王子誕生を喜んだものの、愛するディアーヌに王子誕生への貢献に対して報酬を与え、さらには生まれた王子王女の養育の主導権もディアーヌが握りました

夫とその愛妾のために子供を産んでいたようなものですものね。

カトリーヌは相変わらず蚊帳の外に置かれ、夫の愛も相変わらずディアーヌに独占されたままでした。

ここでカトリーヌの屈辱の日々をご紹介します。

アンリ2世が戴冠式の日に王妃カトリーヌではなくディアーヌのイニシャルを縫い付けた
マントを纏っていたの有名なエピソード。各国大使もビックリしたそうです。

また、ヴァロワ家のタペストリーにも王妃ではなくディアーヌが国王の隣に織られています。

夫が愛人と同じ色の洋服しか着なくなったり、

政治上の書類にも愛人と二人ででサインしたり、

3人で食事をさせられたり・・・

これじゃあまりにもカトリーヌが可哀想すぎる

『今にみておれ・・・』と、恨みが募るのは当然のことだと思います。

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◆美しい城館(シャトウ)での女の戦い

ディアーヌとカトリーヌの対立を決定的にしたのがシュノンソー城でした。

優雅なフランスの城館(シャトウ)の中でもひときわ女性的な美しさを誇るシュノンソー城は、

アンリ2世が寵愛したディアーヌ・ポワティエのために心をこめて贈った物。

早速、シュノンソー城をチェックしてみましょう

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優美でロマンティックロワールのお城の中で一番大好きです

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写真画像出典:yonipo.blog13.fc2.com

貴婦人の城と呼ばれシェールの川面に優雅な姿を映すシュノンソー城。

その美しさはフランス、いや世界一とも言われます

しかし、その美しさとは裏腹に、このお城には実にすさまじい女の戦いが隠されているのです

シュノンソー城を手に入れたディアーヌはさらに莫大な資金を投じて自分好みに改装

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写真画像出典:www.tripadvisor.jp

ディアーヌの部屋。

なぜか?左上にカトリーヌの肖像画が

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写真画像出典:shizaka.blog81.fc2.com

素敵なお色のベッドですね~

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現在のシュノンソー城内には、このお城にまつわる人々の部屋が並んでいます。

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城内のディアーヌの肖像画。あらためて本当に綺麗な人ですね

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写真画像出典:blog.livedoor.jp

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ディアーヌのアーチ橋

もともとは水の景観を愛したディアーヌが橋として建設したもの。

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写真画像出典:shizaka.blog81.fc2.com

城内の窓からは美しい川面がゆらゆら・・・

シュノンソー城の通路の下には川が流れていて、

ディアーヌは毎朝この冷たい川の中で水浴びをして美しい肌を保ったと言われています

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写真画像出典:blog.goo.ne.jp

ディアーヌ・ド・ポワティエの庭園

当時最も有名な造園家に庭作りを依頼した庭園には、国中から届けられた色とりどりの花が咲き誇ったと言います。

しかし、フランスの歴史に残る三角関係についに終止符がうたれる時がきました。

ディアーヌに悲劇がおこります。

馬上槍試合に出場したアンリ2世が相手の槍を目にうけ瀕死の重傷を負ったのです。

ディアーヌがはお見舞いに来たがりましたがカトリーヌが禁止したため、アンリ2世は愛するディアーヌに会えないまま息を引き取りました。

ただちにカトリーヌは積年の恨みを果たします。

日ごろからディアーヌに嫉妬の炎を燃やし続けたカトリーヌ、この時とばかりに王子をフランソワ2世として即位させ、自らが摂政の座につき全権力を自分の物にしてしまいます。

アンリ2世がディアーヌに贈った宝石は全て返還させ、

シュノンソー城からディアーヌを追放し、自分の住むショモン城を与えようとします。

しかし誇り高いディアーヌはショモン城には住まず、父の領地アネに帰りました。

アンリ2世という後ろ盾を失ったディアーヌは、正妻の言葉に従うしかありませんでした。

そしてディアーヌに対抗するかのように、カトリーヌはシュノンソー城に自分の庭園を造りました。

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写真画像出典:blog.goo.ne.jp

カトリーヌ・ド・メディシスの庭園    

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写真画像出典:blog.livedoor.jp

ディアーヌのアーチ橋の上にはカトリーヌはギャラリーを建設し、
ここで舞踏会が行われたそうです。

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この紋章のHとCが組み合わせは「アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシス」の頭文字。

カトリーヌはディアーヌの調度品の殆どを処分したそうです。

こうして20年以上も続いた正妻と愛人の愛憎劇の幕は閉じました。

◆アネ城と傷心を癒した鹿狩り

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写真画像出典:sumiremainte.jugem.jp

アネ城

アネ城はディアーヌがブレゼ伯爵と結婚生活を送ったお城。

当時流行のルネサンス様式の優雅な城館で、狩と乗馬を愛したディアーヌにふさわしく城門の上には鹿と4匹の猟犬が飾られていいます。

思い出の地でようやく平穏を得たディアーヌ。

お城の裏手に広がる森で、鹿狩りや乗馬で気を紛らしながらひっそりと余生を暮らし、

愛するアンリの死から7年、ディアーヌは波乱に満ちた66年の人生の最後を迎えました。

死後の調査でディアーヌのアンチエイジングに欠かせない、

毎日飲んでいた若返りの妙薬が死因とのことが明らかになりました。

彼女の髪は、なんと通常の500倍の金を含んでいたそう
ディアーヌの媚薬の正体は、純化剤に水銀、塩化金をジエチルエーテルに溶かした金の液体でした。(現代の金美容は水銀中毒になる心配はないとのことです。)

水銀中毒や金中毒は、貧血による白い肌、繊細な髪と歯。そしてもろい骨をもたらします。

若返りの媚薬によって知らず知らずのうちに「毒」を摂取していたディアーヌ、

最後はかなり虚弱で衰弱して亡くなったそうですが、彼女の容貌は最後まで美しかったといいます。

◆カトリーヌは本当にディアーヌを恨んでいたの?

最後に、私の中に一つの疑問が残ります。

カトリーヌは本当にディアーヌを心の底から恨んでいたのでしょうか?

なにしろカトリーヌ・メディシスはあのフランス史上最大の汚点とも言われる聖バルテルミーの大虐殺をしでかした人です。

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自分の地位と権利を脅かす存在は情け容赦なく虐殺。

何百人と言うスパイを宮廷中に配し、自分の地位を脅かしそうな人物を毒殺し消したのも有名な話。

召使などにも少しでも気に入らない事があると、思いきりムチでしばきあげたとか・・・

本当に本当に、怖い人なのです

ものすごく疑心暗鬼な性格で、アンリとディアーヌの寝室を毎晩覗き見、盗み聞きしていたそうで、それが宮廷生活の一番の楽しみだったというちょっと変態チックな一面もあったとか

「ディアーヌはこの世で一番憎い女性のはずなのに、なぜか嫌いになれないの。

と言うより・・・好きなのよね。。。」

とカトリーヌは近しい人に言っていたといいます

ちょっと一般的には分からない感覚ですが、ディアーヌはカトリーヌ・ド・メディシスからもその性格の良さで好かれていたとの説もあるのです。

生涯ディアーヌから受けたカトリーヌの屈辱はかなり大きいものです。

でも、王の急死後もディアーヌはシュノンソー城は追放されましたが、安泰な日々を送ることが出来ました。

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写真画像出典:belage.seesaa.net

ディアーヌはとても複雑な性質の女性の一人だと思うのです。

洗練された彼女は、自信に溢れ、様々な経験も豊かですから、

人とどう接すれば信頼を得られるかということを熟知していたのでしょう。

もしもディアーヌが王の寵愛を欲しいままに、栄光に酔いしれて、

カトリーヌに無礼で高飛車なふるまいをしたり、陰口を言っていたりしていたら・・・
王亡き後、ディアーヌはカトリーヌにそれはそれは恐ろしい殺され方で処刑されたと思うのです。

ディアーヌはアンリだけでなく、実のところ正妻カトリーヌの心もしっかりと捉えていたと思うのですがいかがでしょうか?

60代になってもその美貌は少しも衰えず、高貴な美しさを漂わせていたという伝説の美女。美貌、知性、教養、慎ましさ全てを兼ね備えたパーフェクトな美女

希代の悪女カトリーヌすらも・・・全ての人が彼女の魅力の前にひれ伏しました。

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恋と美に生きたディアーヌドポワティエはもっとも憧れる女性です

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